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仙台は、どうして“杜の都”って云われているの?

  • Post on 2020.01.20 13:10
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仙台は「杜の都」と呼ばれますが、その由来を調べてみました。
確かに市街地に接して広瀬川が流れて豊かな緑地を形成するとともに、伊達政宗公の騎馬像が鎮座する青葉山からの眺めを接するに、緑豊かな杜の都だなと実感します。
いつごろから「杜の都」と呼ばれるようになったのかな?
時代から紐解いてみま~す!
【400年前の江戸時代】

伊達政宗公が、家臣たちに屋敷内に飢饉に備えて、栗・梅・柿などの実のなる木や竹を、また隣との境に杉を植えるように勧めた。この屋敷林と、お寺や神社の林、青葉山の緑が一体となってまち全体が緑に包まれるようになる。
【明治42年】
>「森の都」として仙台の観光案内書に記される。
【昭和初期 1910年代頃】
「杜の都」と呼ばれるようになる。
藩政時代から受け継がれた屋敷林と、これに加えて青葉山や八木山、北山、上杉山・台原、鶴ケ谷付近等の丘陵地が市街地を三方から取り囲んで、それらの緑が市街地の背景として豊かな景観を醸し出していた。
   ↓
杜の意:山などに自然に生えている樹木や草花だけではなく、そのまちに暮らす人々が協力し合い、長い年月をかけて育ててきた豊かな緑のこと

map.jpg

【戦後】
仙台空襲で、まちの緑は焼けてなくなってしまいましたが、その後の復興により「杜の都」は、市街地内部の緑地が減少したのに加え、市街地近隣の丘陵地がことごとく団地として開発されたことと、三方の丘陵地が高層建築物でほとんど見えなくなった。
「杜の都」は、青葉通や定禅寺通などの街路樹や、青葉山公園や西公園などの緑に代わっていくことになる。
【昭和33年】
ケヤキ並木が移植される。
「杜の都」の象徴となっており、四季折々に美しい表情を見せる。
 初夏から初秋にかけての鮮やかな緑の天蓋、秋の鮮やかな紅葉、冬は目映いばかりの電飾に彩られるようになる。

そうなんだ~
郊外からだんだん移ってきたんだネ!


定禅寺

仙台支社 加藤


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明けましておめでとうございます。

  • Post on 2020.01.06 11:42
  • Categry : 未分類
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新年、明けましておめでとうございます。
平素はご愛顧を賜わり、厚く御礼申し上げます。

旧年中は、多大なるご尽力をいただき、誠にありがとうございます。
2020年も、より一層のご支援、お引立てを賜りますようお願い申し上げます。

本年も宜しくお願い申し上げます。

仙台支社一同

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